日本人は、麺類を好む民族です。麺類は、寒い時期では温かい鍋焼きうどんやうどんすき、暑い時期では冷し中華・素麺・冷麦等、季節に合わせて様々な麺類が登場します。日本の食文化を紐解けば奈良時代や平安時代には、索餅(むぎなわ)が麺類の原型として誕生します。その後は、うどんやそばが誕生し、麺の形状を太いものや細いものなどが登場します。今回は、麺の中でも細物である素麺と冷麦に注目します。
【なぜ乾麺?】 何故乾燥させるの??
素麺や冷麦は、乾麺が一般的なのはなぜでしょうか?
そばやうどんは、乾麺もありますが乾燥することで、そばの香りや風味が損なわれ、うどんは太いために乾燥に時間がかかり、また気温と湿度が高いと乾燥途中で麺がむれてしまいます。
そのため、そばやうどんは、生麺の方が好まれます。乾燥させると麺は、時間を経て物性が変化します。特に細い麺である素麺や冷麦は、食味が向上します。
これは、時間が経るにつれ水分が枯れ、タンパク質が変性して茹でても目減りせず弾力性が高まるからです。
素麺と冷麦の違い】
乾麺類は、小麦粉又はそば粉に食塩、あるいはやまのいも、抹茶、卵等を加えて練合わせた後、製麺し、乾燥したもの又はそれに調味料、やくみ等を添付したものです。乾麺類のうち、そば粉を使用したものを干しそばといい、干 しそば以外のものを干し麺といいます。
干し麺は、形状の違いにより「うどん」、「素麺」、「冷麦」、「ひらめん」に分類されます。
その中で素麺は、製造において手延べ素麺と機械素麺があります。手延べ素麺にあって機械素麺にない特徴は次の理由からです。手延べ素麺は、小麦粉に含まれるたんぱく質のグルテンが縄状に方向性をもち、円形の澱粉粒を包み込むように延びています。このようなグルテンの構造は、手延べ素麺製造工程の特徴であり、熟成と縄状に麺に縒りをかけて延ばす作業を繰り返すことで得られ、茹で伸びしにくく滑らかな舌触りで、コシがある歯切れのよい食感を生み出します。
参考 手延べそうめんJAS(用語定義)
厄(やく)とは?
素麺は、専用の保管倉庫でじっくり熟成されます。熟成中の素麺は、高温・多湿の梅雨時期に小麦粉内に含まれる酵素が働き、素麺内の脂質が変化していきます。これが素麺のデンプンや蛋白質に影響を与え、素麺のコシや舌ざわりがさらに良くなると言われています。この現象のことを「厄(やく)」と呼んでいます。
各地の素麺】
●三輪素麺
三輪は、手延べ素麺発祥の地
三輪素麺は、奈良時代に唐から製法が伝わって以来、奈良の大和平野、三輪山のふもと一帯で作られるようになりました。 その地帯は、三輪山と巻向川と初瀬川の二つの清流が結ぶ肥沃な風土や湿度が小麦の栽培に適しています。先人たちは、その土地に種を蒔かせ、川沿いに多くあった水車でゆっくりと挽いた小麦を原料に清浄な湧き水でこねて延ばして素麺を作り、地域の特産として発展させたことが伝えられています。製品としての三輪素麺の特性としては、しっかりとしたコシの強さから、伸縮性に優れており、非常に細い製麺が可能であること、茹で上げ後の茹で伸びが抑制されることがあげられています。
●小豆島素麺
小豆島で素麺がつくられるようになったのは、今からおよそ400年前。小豆島の島民が大和の三輪(奈良県)に立ち寄った際に、素麺の製造技術を学び、小豆島に持ち帰ったのが始まりと言われています。素麺は、冬の農閑期に家族の労力だけで生産できることから、小豆島に広がりました。小豆島には、小麦の栽培に適した気候や瀬戸内海の塩、素麺作りに必要な胡麻油が豊富にとれるなど、素麺作りに最適な気候風土があります。この環境で生まれた小豆島の手延べ素麺は、奈良県「三輪素麺」、兵庫県「揖保乃糸」に並ぶ日本三大素麺の一つとなりました。
通常の手延べ素麺では菜種油を使いますが、小豆島の手延べ素麺は、100%純正の天然胡麻油を使います。胡麻油を使うことで、素麺の酸化は抑えられ、通常の素麺作りで行う油臭さを取り除く工程は必要なくなります。また胡麻油を使うことで、小豆島の手延べ素麺は黄身がかった色となります。
●播州素麺
播州素麺は、播州平野の小麦、赤穂の塩、揖保川や夢前川の水と素麺製造に適する気候・風土に恵まれ生産が盛んになりました。播州で素麺づくりが本格的になったのは、江戸時代の安永頃(1771年〜1780年)だと考えられ、当時は龍野藩の「許可業種」として奨励されていたようです。また伝統の「揖保乃糸」の産地化は、龍野藩が著名な産物の保護育成を始めた文化年間頃(1804年〜1818年)からだと考えられます。
●島原素麺
島原素麺は、島原の乱以後に小豆島から手延べ素麺の職人が移住し、製法を広めたといわれています。また16世紀ごろにこの地方の港の開港でさまざまな南蛮文化、中国文化がもたらされ、そのころに福州(福建省)から伝わったという説もあります。島原は、背後に雲仙国立公園があり、気候は温暖で良水に恵まれていることから生産が盛んになりました。
素麺・冷麦を食べよう!!
素麺や冷麦は、冷水に浮かべた麺を冷たいつゆにつけてすすれば、それだけで美味しく、つるりとした口当たり、そして極細麺ならではの滑らかさと喉越しの良さは格別です。乾麺なので日持ちもします。寒い時期なら温めた「にゅうめん」にしても、小麦粉の風味が立って、美味しくいただけます。素麺・冷麦は、実は一年を通して楽しめる麺であり、工夫により調理のバリエーションも増えます。今年は、オリジナルの素麺・冷麦のメニューを考えてみてはいかかでしょうか?
戸板女子短期大学 食物栄養科 博士(食品栄養学)
谷口裕信