FOOD AND NUTRITION'S BOARD
食物栄養科かわらばん

食物栄養科かわらばんVol.44(15.3.2)脱ゆとり後(新学習指導要領下)の生命科学(ライフサイエンス)の教育の課題

Vol.44(15.3.2)脱ゆとり後(新学習指導要領下)の生命科学(ライフサイエンス)の教育の課題


kawaraban_vol44_02.png

 食物栄養科の学生は、化学・生物の予備知識が必須な多くの栄養士必修科目を学ばなければなりません。理科の学習は、単なる知識に留まらず、科学的な探究心、問題処理能力をも養います。これらの能力は、他の職業以上に栄養士には、求められます。なぜなら、健康状態が様々な人々に対して、個別に適切に栄養指導をしなければならない仕事内容だからです。

 かつて科学技術の進歩が日進月歩であった1960年代は、物理、化学、生物、地学(計12~15単位)が文系理系に関わりなく全員必修と言う理科教育の黄金時代がありました。しかし、科学の進歩は続くのに、高校の理科教育は昭和期に比べ授業時間数が実質、削減されています。栄養士養成学校でのリメディアル教育(基礎学力を補うための補習教育)の必要性は日々高まるばかりです。ということで、今回は新しい学習指導要領で学ぶ一期生が入学する次年度を控えて、短期大学における生物教育の課題について紹介します。


 生物学の分野は多様ですが概して、細胞学、生理学など個体の健康状態、細胞の中身、たんぱく質など生体のしくみを調べる生命科学(ライフサイエンスとも言います)と、分類学、解剖学のような個体の外部形態に加え、生態(生物のくらし)、進化の歴史などを調べる自然史に大別されます。栄養士養成に関わるのは、主に生命科学です。

 従来の高等学校学習指導要領では、生物Ⅰ(3単位:週に3回の授業時数に相当)という文系も含めて多くの学生が学ぶ科目が生命科学全般を取り扱い(左表中の)、主に理系生徒が学ぶ生物Ⅱ(3単位)は化学の知識が必要な分子生物学に加え、自然史全般を取り扱いました(左表中の)。両科目とも、その中身や構成が一行で説明できるくらい体系的に単純明快に配置され、これまで高等学校の教科の区分・構成は、生物学の学問体系とよく一致していたのです。なお左表中の各項目の順番は、ここ10年来に日本語に訳された生物学の海外の教科書に従ったものです。

 

 しかしながら、平成24年度の高校一年次生から導入された新しい学習指導要領より、文系を含め多くの生徒は、生物基礎(2単位)を、生物系の理系コースで学ぶ生徒についてはこれに加え、生物(4単位)も受講することになりました。生物基礎の方は週に僅か2回の授業ですから、実験を授業に盛り込むことはますます厳しくなりました。4単位の生物まで受講する生徒の割合は、ほぼ理系コースに限られ全国の教科書採択率の割合から察するに、僅かに2割、元々理系志向が少ない女性だけに絞ったら1割程度になるかもしれません。

 さらに、この生物基礎は僅かな授業時数であるにもかかわらず、生命科学だけでなくて、植生や生態系のような自然史の内容も盛りだくさんに広く浅く含めており、上表に色分けして示したようにその構成は一言で説明できないくらい複雑で厄介な科目です。加えて生物基礎という名前に反してこれは生物の基礎的な事項を要約した科目とは全く言えません。分子的な化学的知識が必要なDNAによるたんぱく質合成、さらには現象が複雑な免疫学を詳しく教える一方で、生物Ⅰにあった浸透圧、体細胞分裂やメンデルの法則、ヒトの血液型の遺伝、植物における水の蒸散などはほぼ扱わなくなり、生殖、発生、感覚器、神経、筋肉、植物生理のようなごく基礎的な生命科学の内容が、文系生徒が実質、学ばない4単位の生物へ配置されることとなりました。新学習指導要領では生物基礎を修得してから4単位の生物を受講するよう勧告しています。これに従うと、浸透圧、メンデルの法則を高校で学ばないまま、生物基礎で血液による酸素の運搬を、4単位生物で組換え価を学ぶ、さらには、4単位生物で初めて学ぶ受容器、感覚神経、運動神経より前の段階で、生物基礎にて自律神経を学ぶと言うような、これまでの生物学の学問体系に配慮しない内容、順番になっています。

 多岐にわたる生命科学の分野を分かりやすく教えるのには、しばしばかなりの工夫を要します。一方で、分かりにくく教えることは、いとも簡単です。説明する順序、教える内容が雑多で乱雑であればよいのです。皮肉なことに生物基礎はそのような性格の体系的とは言えない科目と思います。生物基礎で触れられない上表中の特に印で示した項目は生命科学分野でありながら、大部分が文系出身である栄養士系の学生は、ほとんど高校で学んでいないことになります。残念なことに新学習指導要領の言葉とは裏腹に、実は生物学の進歩により新たに教えるようになった項目はほとんどなく、むしろ内容が削減され、内実は教科の区分や教える順番の変更があっただけです。内容を簡素にして中学で学習が終了するようになった項目(上表中の△)や一部、全く教えなくなった項目もありながら、生物基礎と4単位生物とでは内容の重複(図中の)という不合理も見られます。

 生物分野の新学習指導要領に対する認識はこれぐらいにして、結論を述べます。入学する8割以上の学生は生物基礎しか学んでおらず、それだけでは生命科学分野のごく一部を勉強したに過ぎません。一方で、旧学習指導要領の生物Ⅰは、類似した項目が隣り合って整然と体系的に配置されており、新しいはずの生物基礎や4単位生物より、生命科学全般を教えるにあたっては、内容も順番も明らかに優れています。したがって、かつての生物Ⅰの内容で生命科学全般が概観できるように教えるのが、栄養士養成の短期大学で適していると言わざるを得ません。生物基礎で触れられなった生命科学分野の項目(上表中の印で表示)は、決して時代遅れでも、枝葉の専門的内容にも該当しないので、その内容のリメディアル教育が急務だと言えましょう。

 


担当 食物栄養科 講師 
栄養学研究室 橋詰和慶